2012年08月22日

懐かしい思い出

 3年ぐらい前から、鎌倉から約2時間かけて鍼灸治療に通ってこられる叔母ちゃまがいらっしゃいました。
 この方はもともと岡山の倉敷が実家で、岡山市の父の治療院まで車で1時間ぐらいかけて、通院されたいたらしく、私が小さいころ治療院や家の外でよく見かえてという話をしてくれたり「京山の先生(父)は凄い先生だったよ!どんな病気でも治してくれましたよ」と自慢げに話してくれたりして、岡山弁のなごりを感じるしゃべり方で、私にはとても懐かしい思い出を感じさせてくれていました。

 その方の娘さんの嫁ぎ先が鎌倉だったので、故郷の倉敷を離れ、鎌倉の娘さん家族と同居をはじめられたそうでした。

 若い時から無理をして、女手一つで娘さん達を育て、無理がたたり肩や腰を痛めていたそうです。そして鎌倉付近の整形外科、鍼灸院や指圧などに何軒も行きましたが、なかなか効果がなく、痛みが楽にならなかったそうで、岡山で父の治療院の後を継いでいる兄に連絡をして、中野にある私の治療院を訪ねてくれましたということでした。


 そんなお婆ちゃまから今年の3月の初めぐらいに急に電話が入り「先生、色々とお世話になりました。多分、体力的にも先生のところに行くことができないと思います。」とそんな話を一方的にして電話を切りました。
 私は「何となく変な感じだなexclamation&question」と思っていたところ、その後、1週間ぐらいしてそのお婆ちゃまの岡山の娘さんが上京され、鎌倉から治療に来られました。

 その娘さんに話をお聞きすると「母は白血病を宣告され、余命が少ないので病院の先生に家族を呼ばれ、鎌倉に来ました。しかし、母は元気そうで、逆に私の体調を心配して中野の國安先生のところに行ってきなさいと言われて治療に来ました」という話でした。

 それから3月の終わりぐらいにそのお婆ちゃまが治療に来られ「先生、元気になりました。二日後に再入院だから、その前に頑張って鎌倉から治療がてら先生の顔を見にました。」と言ってお見えになられました
わーい(嬉しい顔) 
それからは、いらっしゃいませんでしたが、このお盆休みに明けに1通の手紙が届いていました。その手紙は娘さんからの手紙で、母は5月末に亡くなりました。亡くなる日も自宅から病院に一人で行き、母らしく最期を迎えることができました。

 先生には家族ともども大変お世話になりました。また母は最期まで「岡山の大先生と息子さんにはお世話になって幸せでした」と伝えて下さいとのお手紙でした。

そんな手紙を読みながら、鎌倉のお婆ちゃまの笑顔と懐かしい岡山弁を思い出すと大変懐かしく思いますたらーっ(汗)
鎌倉のお婆ちゃまのご冥福を心よりお祈りいたします。(合掌)
 
中野区新中野の國安鍼灸整骨院のホームページへ
岡山市の京山鍼灸処整骨院へ

posted by のりじ at 08:00| Comment(2) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
泣ける話ですな〜
Posted by らん at 2012年08月22日 14:21
懐かしい思い出になりました!
Posted by noriji at 2012年08月23日 08:35
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