2012年09月12日

恩師の訃報


 子供の頃、岡山市内にある研心館道場という剣道の道場に通っていました。
その道場で、大変お世話になった館長先生が亡くなられたとういう連絡を兄貴から知らせがありました携帯電話
 岡山県剣道連盟のホームページを見ると「岡山県剣道連盟相談役 坂根正義先生が9月6日ご逝去されました。」という内容が記載されていました。

 兄からの連絡でも、6日に87歳で亡くなられたということでした。既に葬儀は先週の週末に行われたということでした。
 
そんな先生が危篤という話を兄貴から聞いたのは、岡山の兄の治療院に研心館道場の他の先生が治療に来られていたので、約3週間前に聞いていました。

私がこの道場にお世話になったのは、幼稚園から中学校2年生までだと記憶しています。
 とても厳しく怖い先生でしたが、いまだにこの先生の教えが身体にしみついています。
剣道の指導は基より、人間形成の教えの方が多かったように思えます。
 私が今現在こうやって、剣道をしているのもこの先生にお蔭だと思います。勿論、現在の佼成武徳会の先生方のお蔭も当然あります。

 懐かしさのあまり、研心館道場のHPを何度も見直しました。
是非、この研心館道場のHPをご覧ください。
 研心館道場には鋼領があり、剣道の稽古の前後の礼のときには必ず、読まされいていまだに覚えている鋼領です。

 今では我が子たちに毎晩言わせて、暗記させています。子供の頃はよくわからない言葉もありましたが、今となっては有難い言葉です。これを脳裏に焼き付け、日々の生活を送っているような気がします。
 HPの集合写真の昭和52年の中に私も中学1年生で映っています。

 先生との思い出は沢山あります。子供の頃は、道場からの合宿、土用稽古、寒稽古、多数の試合、年末の大掃除、お餅つき、水戸錬成大会への出場など思い出は数えきれないほどあります。

思い出の中で、今から19年前に鍼灸整骨院を岡山で開業しようと思い、先生に挨拶に行ったときの話です。20年ぶりに道場を訪れた私は、一礼をして道場に入りました。すると稽古中で道場の上座でかかり稽古を受けていた坂根先生が、稽古中の子供が引き技で下がった瞬間に私の頭を竹刀で叩き「来たんなら着替えて稽古をしろ!」と笑顔をちらっと覗かせました。(二十年ぶりなのに覚えているの!)

 そしてその言葉に従い、胴着に着替えて稽古をつけて頂きました。しかしまったく手がでません!(この爺さん強い!)

 稽古を終えて、先生が「冷たいものを食べに行くから待っとけ!」と稽古中の怖さがなく、優しい先生の笑顔で話をしました。
 もう一つの思い出も、今から7年ぐらい前の元旦に、岡山に帰省した時に兄と一緒に研心館道場の鏡開きに顔を出した時のことです。一礼をして道場に入るや否や「はよー防具に着替えてこい!」と言われ、稽古をお願いしました。

 その稽古の後に「稽古しとるの〜六段取ったんか?次は七段じゃの〜頑張れよ!」と言われました。
「東京では佼成武徳会剣道部でお世話になっており、その道場では田原弘徳先生師範をされています。」というお話をすると「いい師匠に恵まれたな!剣道の教えは師匠で決まるから、その先生の言うとおりにしなさい。間違いないからexclamation」というお話を頂きました。

 できれば剣道の七段に合格して先生に御報告と心の中で思っていましたが、残念にもまだ七段までは手がとどいていません。

 これから、今一層に精進を重ね、剣道七段に合格した暁には、坂根先生の岡山のお墓にそっとご報告したいと思っています。
 長い間、坂根先生ご苦労様でした。先生の意思を細々と継がせて頂きます。

先生のご冥福を心からお祈りいたします(合掌)

中野区新中野の國安鍼灸整骨院のホームページへ
研心館道場
佼成武徳会剣道部のホームページへ
岡山市の京山鍼灸処整骨院へ
ラベル:s-IMG_0538.jpg
posted by のりじ at 07:53| Comment(0) | 訃報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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