2018年10月04日

次女の研修旅行

 次女の勇妃が中学校の研修旅行で岩手に行ってきたようです。
岩手では新渡戸稲造先生の記念館を見学したり、東日本の震災の様子を見て来たりしたという話をしていました。
 み土産も家族に気を遣って、それぞれに買ってきたくれました。
 今回の研修旅行で多くのことを彼女なりに学んできたようです。

 お土産話で勇妃が楽しそうに話していたことは、”わんこそば”を食べたことだったようです。
 旅行前に「パパ、わんこそば食べたことがある?」と聞かれたので、私は「実は食べたことはないんだよ!」と答えると、「私は100杯を目指すよ!」と意気込んでいました。

 勇妃が「100杯食べたら賞金5000円くれる、パパ!」といきなり言われたので「分かった!でももし食べられなかったらペナルティーで罰金だな!」と言うと、「フニャフニャ」と返答なし。
 昨晩、「わんこそばどうだった!」と勇妃に聞くと、証明書を持ってきました。
それでも71杯を食べたそうです。
 大人の平均が50杯ぐらいだそうです。
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 そして、わんこそばを入れるかたの掛け声をしながら楽しそうにその時の様子や旅の思い出を話していました。
 やっぱりまだまだ子供ですね!
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 朝の慌ただしい時間にブログの投稿をしておりますので、誤字脱字が多いと思います。
 恐縮ですが、お気づきの方は訂正のご連絡を頂けると幸いでございますm(_ _)m
また、投稿写真・投稿内容等について、問題がありましたらご連絡ください。直ちに削除致します。
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2018年08月18日

びっくりした懐かしい話

 ここ3ヶ月ぐらい治療にこられている女性の患者Kさんがいらっしゃいます。
腰痛で、色々な病院に行ってもよくならないので、どなたかにご紹介され来院されたと聞いていました。
 腰の原因は脊柱管狭窄症とヘルニアでした。

 鍼灸治療を開始した当初は、治療中に姿勢で調子が悪くなり、途中で治療をやめるぐらいの痛みでした。しかし、鍼灸治療を続けているとどんどん痛みが楽になってきて、ご本人も大変喜ばれています。
 そして、先日、そのKさんが「Nさんって女性、ご存知ですか?」と聞かれ、その名前を聞いたのは8年ぶりぐらいだったので、私は「はい、よく存じています!大変お世話になった方です」と返事をしました。
 するとその患者Kさんが「実は先生には30数年前に3度くらいお会いしたことがあります。」と言われ???
 実はお世話になったNさんが新宿のいわゆる会員制クラブでお勤めをしていることに私もお付き合いで、数度訪ねたことがありました。

当時20代半ばで、そんな高級なクラブでお酒を飲める身分ではありませし、まわりを見渡すとグランドピアノを奏でられ、お金持ちそうな社長さん連中が多く、自分だけ浮いていた感じでした。
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 話は戻りますが、来院されている女性はそのNさんにお世話になってとうことでした。
しかし、Nさんは8年前に他界してしまっていたので、思い出話を数分しました。

 思い出話の中で、Kさんが「そういえばNさんにはお二人のお子さんがいらっしゃいましたね!どうしてらっしゃるのかしら?」と聞かれたので、私は「Nさんが亡くなる前に二人を宜しくお願いしますと言われているので、未だに連絡をとって様子を伺っていますよ!」と言うと、Kさんは笑みを浮かべていました。

 30数年前の記憶をたどって見ると、何となく新宿のクラブでの記憶が蘇、Kさんの記憶も何となく覚えているような気がしてきました。
 いつの日かKさんと他界したNさんとの思い出話をしてみたいと思いました

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2018年01月16日

教育?思い出?

 昨晩、久しぶりに双子を叱りました
子供にありがちなことで、いつまでたっても、遊びをやめない、歯を磨かない、布団に入らない。
 昨晩、母親の何度もいっていることを聞かないので、私が「寝なさい!」と言うと、寝る準備をしたものの二人で”あやとり”を始めました。
 私は時間を見ながら、10時を過ぎたのを確認して、「そのまま“あやとり”を続けてやりなさい!」と言うと、「やばい」と思ったせいか、寝る準備をしながらグズグズしていたので、そのまま優しい声で「“あやとり”をしなさい!」と、言うと、泣きながら「ごめんなさい!早く寝ます!」と、二人で泣きじゃくって謝ってきました。
 しかし、そこは頑固親父!
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「いいからやり続けなさい!」と、一時間ぐらいやらせておきました。

 二人共泣きながら”あやとり”とやっていましたが、再三、謝りに来たので、「もう寝なさい!」と、言ったのが12時ぐらいでした。
 考えてみると両親が二人共仕事をしているので夕食が遅くなり、子供たちには申し訳ないと思っていますが、そこは仕方がありません。

 私も小学生の頃、父に怒られ、夜中に裏山の墓地に置き去りにされたり、真冬に庭の氷が張っている池に放り込まれたりした苦い思い出が沢山あります。

 しかし、そのことは今でも忘れませんし、怒られた原因もしっかりと覚えています。
時々、子供たちが大人になってもしっかり覚えているぐらいの怒られた思い出が沢山あってもいいかと思う今日このごろです。

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2016年04月07日

新しいランドセル

 昨日は桜が咲く中お天気に恵まれ我が家の双子達もめでたく小学校の入学式を済ませてきたようです
 岡山から上京している母も入学式に参加して感動したようです。
 昨晩は双子が寝た後に家族みんなで二人分の学用品や持ち物に名前付けをにぎやかにしていました。
私はというと昨日の入学式の様子をビデオカメラで見てみようと思いながら寝てしまいました。
 今朝起きると館山の爺さんと婆さんとに買ってもらった真新しいランドセルに防犯ブザーが取り付けられ、帽子、手提げ袋とすべて新しい物が並んでいました。
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 それらを見ると勇妃の入学式、その前の姫気の入学式の思い出が蘇ってきました。
それから遥か遡り、専門学校、大学、高校、中学、小学校と自分の入学式の思い出も少しずつ思い出し頭に浮かんできました
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 新しい鞄を背負って希望と夢に満ち溢れた気持ちを感じ、多分、双子達もそんな思いを持っているのかな〜と思いながら、自分も今日から新一年生の気持ちで、希望にあふれた毎日を送りたいと思いました。
 「52歳にしてリセット!いいかもしれませんね!」

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2015年04月10日

紋付袴


 昨日、帰宅するとリビングに紋付がかかっていました。
上京している母が「岡山から送っておいたよ。」と言われました。
 この紋付袴は母が数十年前に父と兄、そして私に作ってくれたものです。

 母の念願であったこの紋付袴を着て、記念写真を撮ったのは多分20年ぐらい前だと記憶しています。
その特に袖を通してその後は一度も着たことはありません。

 母の話によると、この紋付袴は京都の呉服屋で発注したもので、初めは白い生地でその生地を何度も染めて最後には深みのある黒色になるそうです。
 何度も染め上げるので、実際に出来上げるまで1年〜2年ぐらいの期間がかるそうです。
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 母に値段を聞いてビックリ!3着で高級車が買えるぐらいでしたあせあせ(飛び散る汗)

 「なんで東京の狭い家に送るのだろう?特に着るときもないのに?」と思いましたが、一応「有難う」と言っておきました。
 子供達も「パパ、これどうしたの?」と聞かれたので、「パパが死んだ時にこれを着るんだよ!」と言うと、「え〜!」と苦笑いをしていましたふらふら
 
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「本当は、皆の結婚にこれを着るんだよ!」と言うとまた苦笑いしていました。

「家には4人娘がいるから4回は着られるね。でも何時になることやら!」と言うと母は嬉しそうに笑っていました。
 
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 しかし、考えてみると姫気が中学生、結婚適齢期を考えてみると10数年でこの紋付袴を着ることになるかもしれません。順番からいえばその次が勇妃、そして双子と死ぬまでにはこの紋付を着られる機会が意外とあるかもしれません。

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2015年02月17日

雪がちらつく朝

 今朝、仕事場に行くとき、自転車で走っている時に白い物がちらちらと落ちてきました。
「ああっ!でも天気予報では曇り時々雨の予報では?」と思いながら仕事場に着きましたが、それほどの雪でもありません。そんなに寒くないのに雪か??
 
 「それに比べ南国のセブ島は良かったな!」と先週行った旅行の事を思い出しました。
確かに気温は熱く、時々スコールのような雨もありますが、やはり暑いほうが、私は好きです。
 そんなことを思いながらセブ島の旅行を思い出しました。
 セブ空港の近くの地元のマーケット!現地の人が多く、活気と殺気を感じましたあせあせ(飛び散る汗)
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普通に丸焼きがく〜(落胆した顔)
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道端のお店です。日本でいうコンビニのようなものでしょ〜かね!
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これはセブCityにある最古のカトリックの礼拝堂です。熱心な信者たちがお祈りを捧げていました。
 この中は風が通り涼しく、休憩をするには心地よい場所でした。
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やっぱり南国といえば、ホテルのプライベートビーチですよね。しかし、海はサメがいるので防御用のネットで区切られていました。やっぱ!サメがいるんだあせあせ(飛び散る汗)
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そんな短い旅の間の雨上がりの朝に虹を見ることができました!何かいいことがありそうです(*゚▽゚*)
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 現実はまだまだ寒い冬、風邪を引かないように頑張りましょう。
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2013年12月26日

父の形見

 今年の冬は寒そうですね雪
「この寒さを凌ぐには綿入れだ!」と思い、妻に頼み押し入れに保管していた綿入れを出してきてもらいました。
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この綿入れ?広袖(どてら)?は亡き父の形見です。といっても、父がよく着ていた大島紬の着物の生地で母が私に綿入れを作ってくれたものです。

今までにも何度か少しの間、着ていた冬がありましたが、今年は自宅にいるときには本格的に着ようと考えています。

 先日、この綿入れを着たときに防腐剤の匂いと微かにではありますが父の香りがしてとっても懐かしい気分になりましたぴかぴか(新しい)

 年末年始を迎えるとき、岡山に帰郷すると父がこの大島紬の着物を着て食卓に座り、日本酒を飲みながら「則光も飲むか?」と嬉しそうな笑顔が思い出されます。
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 父にはあったことはない姫気が、この父の形見の綿入れに袖をとおして「お空の爺爺はこんな匂いがしてたんだね!」とそんなことを言われた瞬間に「一目だけでも私の娘たちを父に見せたかったなたらーっ(汗)」という思いがこみ上げてきました。
 「でもきっと父もこんな姿を空から見ているのだな〜」と思うと、なんとなく安心感が湧いてきた大島紬の綿入れでしたわーい(嬉しい顔)

 今年も私のつまらないブログにお付き合い頂いて、誠に有難う御座いました。
ブロクを書き始めてからここ数年、治療院に来る時間を30分早めて投稿しておりますが、なんせ仕事はじめの慌ただしい時間なので、誤字脱字が多いことを申し訳なく思っております。。
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2013年10月19日

先生を偲ぶ会と偶然

 先週、日本鍼灸学会で岡山に帰省した時に、子供の頃通っていた研心館という剣道の道場の同級生と会いました。

昨年、岡山の研心館道場で自分たちを鍛えてくれた館長先生がお亡くなりになられ、その先生の偲ぶ会をと、私の帰省に合わせて飲み会をしてくれました。
 小学生の団体戦のメンバー5人のうち3人で集まり、懐かしい思い出や他のメンバーの現在の状況などの話が話題の中心となり楽しい時間を過ごすことができました揺れるハート

 この飲み会に参加した他の二人は大阪の大学を卒業して、現在は岡山で就職していていました。
 その中の一人は、5年前に偶然の出会いが東京あり、メール等で時々連絡をとりあっていました。

 以前もブログに投稿しましたが、その東京での再開の偶然の話を再度致します。

 ある男性が新中野の私の治療院に腰痛で治療に来られました。急性の腰痛で何度かの治療で治られました。丁度、年末でもあったので、その患者さんは「これでお正月にはお蔭様で帰郷できます」と言われたので、私は「どちらまでお帰りになりますか?」と質問すると、その患者さんは「岡山です。」それから話が進んで行くとなんと私の兄貴と同級生の同じ岡山市の京山という町内の先輩でした。

 しかもその方の妹さんは私の小中学校の同級生だという事が分かりました。しかもその妹さんは誕生日が私の1日前の9月16日で、いつも出席番号が前だったので記憶によく残っていました。
 そんな同級生の話になり、懐かしく思い、彼女が東京にいるという話を聞いたので、その患者さんであるお兄さんに名刺を渡し、是非、連絡を頂けるように頼みました。
 するとその後、同級生の女子からメールがきました。
そして、数週間後小中学校の同級生で、新宿で会うことになりました。ビール

その同級生の女性が東京大学医学部の教授の秘書をしていることもあり、東大系の同級生と私とは高校は違いますが、その彼女たちの高校時代の同級生が何人か来るというお誘いだったので、喜んでその飲み会に参加しました。

 すると懐かしい顔ぶれがそろい、その中の3人はなんと東京大学卒業して、現在、東京大学法学部と東京大学生産技術研究所の教授になっていました。東大法学部の教授はなんと38歳の若さで教授になられたそうです。
実は子供のころその教授になられた友達によく宿題を見せてもらっていたり、方向が違うのに私のうちまで拉致したりして遊んでいた仲の良い友達でしたあせあせ(飛び散る汗)

 そして、私だけ高校が違うので知らないと思い、その中の法学部の教授が気を遣いその場で紹介してくれたのがN君でした。

そのN君を見るとびっくり!なんと今回の小学校の頃の岡山の剣道のチームメートで、今回偲ぶ会で合った中の一人でしたひらめき
 N君も小中まで剣道部に所属しており、大阪大学では同好会で剣道をしていたそうです。

 N君の妹さんも岡山の研心館道場に通っていて、現在はイギリス人と結婚されイギリスで御夫婦で剣道をされていると聞き、懐かしく思いFBで検索するとこんな写真がありました。
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(もし差支えがあれば写真は削除いたします)

 話は偲ぶ会に戻りますが、そんな偶然の話からはじまり、小学校の茨城の水戸全国大会の話になり、はじめて東京で泊まった宿が丸ノ内線の東高円寺で、当時、国鉄の保養所が宿泊施設であり、その場所が現在では某保険会社に買い取られ、少し様相は変わりましたが、何となくその当時の面影があり、偶然その近くに住んでいた私は40数年前の記憶が蘇り、どうしてもその記憶を確かめたくて、近所に人に聞くとまさにその場所でした。
これも何かの縁だと思い、東高円寺のその建物の町内にお家を購入して住むことにしたという話をすると、その二人の剣道のチームメートもその東高円寺の宿をリアルに覚えていて、東京に住んだこともないのに「そうだよ!水戸の大会に行ったとき東京泊まったのは東高円寺にだったよ!」という話になりました。
ひらめき「泊まった時に、床の間にあった大きなお坊さんの木の彫りの人形をいたずらで、寝ている誰かの布団に入れて楽しんだよ!」と私が言うとK君が「坊さんを入れられたのは、わしじゃ〜ねえの?」という話になり、一瞬にして、すべての思い出が蘇りました。
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話は盛りあがり、その夜の実家への帰宅は夜中の2時半でしたわーい(嬉しい顔)
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研心館道場

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2013年06月07日

びわの思い出

 以前にもブログに投稿したことがありますが、小学生の頃の思い出ですぴかぴか(新しい)
梅雨のこの時期になると多くの実をつけたびわの木を見かけます。
 そして、びわの実を見かけると食べたくなると同時に思い出が蘇ってきます。
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 私が通っていた岡山市の小学校で、毎年、学校の塀を越えた古い民家があり、その庭先には、毎年沢山の実を付けるびわの木があります。
 子供心で「いつも食べたいな〜」という気持ちがあったのは私だけではありません揺れるハート
 小学校の頃、つるんでいた悪ガキどもで、「今日の昼休みの終わりごろに皆で食べよう!」と約束をしました。
 息をひそめながらお昼休み終了のチャイムが鳴るのを確認し、皆が教室に戻ることを再確認して、計画通り塀の向こうのびわの実にむさぼりつきましたわーい(嬉しい顔)

 そして、頃合いを見て教室に帰ろうとすると「こらーむかっ(怒り)お前らなにしょんじゃ〜exclamation×2」と聞き憶えのあり声がしました。
 「あっあせあせ(飛び散る汗)小学校でも最も怖い加藤先生だ!」と思うや否や先生に捕まり、教員室に連れていかれ、他の先生にびわの盗み食いのことを言われ、正座をさされました。
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 そんな小学校の苦い思い出があり、その話を娘たちに話したことがありました。
娘たちにはそんな話が楽しかったのか、いまだにその話をしてきます。

 もっと面白いのは、その日の六時間目の音楽の時間に合唱で“野いちご”という曲を皆で歌う授業でした。
数時間まえ、びわ泥棒で捕まった悪ガキどもは、「野イチゴ〜赤い実だよ〜るんるん山の中〜で見つけたよ〜るんるん」という曲を編曲して「びわびわ〜黄色実だよ〜塀の向こうでみつけたよ〜るんるんだあれも知らないのに加藤(怖い先生)が見てた〜るんるん」と思い切り歌っていると今度は音楽の先生に怒られた思い出がありました。

 この時期になると、当時の私の年齢と同じぐらいのうちの子供たちが、悪ガキどもが編曲した曲を可笑しそうに「びわびわ黄色意味だよ〜・・・るんるん」歌うことがあり、私としては懐かしいようで、照れ臭いようで、何とも微妙な気持ちになってしまうこの時期のびわのお話でしたあせあせ(飛び散る汗)

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2013年04月11日

移転もあとわずか!

 現在の鍼灸整骨院の場所から移転するのもあとわずかとなりました。

今年で、この新中野で國安鍼灸整骨院を開業して20年が過ぎようとしています。振替ってみるといろんなことがありました。

 そんな思い出を思い起こすと、何となくこの場所を離れたくないという気持ち、と気持ちを変えて新しいスタート、再出発の気持ちとが混ざり合い、 現在の場所から徒歩3分で、同じ町内ではありますが何となく複雑な心境です。
 
 現在の治療院ともあと10日ではありますが、今まで以上に頑張りたいと思っています。

 治療院の引っ越しのお知らせをしておきます。
4月21日(日)〜23日(火)までは引っ越しでお休みとさせて頂きます。
4月24日(水)から新しい場所での治療をスタートします。
治療時間も多少変更がございます。
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機能訓練型デイサービスも5月ぐらいからのスタートとなります。

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スタッフも増えて、今までよりもより一層充実した治療をしていきたいと思っていますので、これからも宜しくお願い致します。
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2012年11月09日

懐かしい思い 


 最近はやりのFacebookで懐かしい人達からの連絡がありますぴかぴか(新しい)私は登録だけで、特にFacebookの更新はしていません。

 先月は私の故郷の岡山の小、中学校、高校時代の友達からの承認が多く、「へ〜こんな感じになっていたんだ!仕事も頑張っているな〜」という思いを何度もしました。

 また、連絡をもらっても・・・??誰だっけexclamation&questionなかなか記憶が蘇らない人も何人かいました。そして記憶の細い糸を手繰り寄せると!「ひらめきあ〜思い出した。」というようになります。またその友達の友達たちが集中して写真や聞いたことのある名前が書いて入りとまた、新たな記憶が蘇りFacebook上での同窓会のような気分になってしまうのは私だけでしょうか?
 
今週になって、大学時代の友人からのアクセスが集中してありました。
大学時代ともなると少しは記憶が鮮明で、それぞれの友人をリアルに思い出しことができました。
 私の母校は京都にある明治鍼灸大学(現明治国際医療大学)で鍼灸大学としては世界初の大学で、当時はその大学目指して、日本中から学生が集まってきていました。
 また、卒業後も同じ鍼灸業界で、時々学会等で顔を見る機会もある人たちも沢山います。
 しかし、それ以外の人達とは会う機会がない人たちも多くいるのも事実です。

そんな友達と連絡が取れるのもFacebookのお蔭だと思いました。

 ある面では、これだけの個人情報などの流失を考えると怖い部分もありますが、いい意味での情報交換ができればいいのかな!と思います。
 皆、50年近く生きてきて、それぞれいろんなことがあったと思います。そして現在、幸せな人も苦労している人もそれぞれいると思いますが、こうやって今まで知り合った友人と連絡が取れ、お互いに元気でいることの確認ができればいいですよね揺れるハート
そんなことを考える自分を思うと、そんな年になったんだな〜と複雑な心境になってしまいましたあせあせ(飛び散る汗)

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2012年08月22日

懐かしい思い出

 3年ぐらい前から、鎌倉から約2時間かけて鍼灸治療に通ってこられる叔母ちゃまがいらっしゃいました。
 この方はもともと岡山の倉敷が実家で、岡山市の父の治療院まで車で1時間ぐらいかけて、通院されたいたらしく、私が小さいころ治療院や家の外でよく見かえてという話をしてくれたり「京山の先生(父)は凄い先生だったよ!どんな病気でも治してくれましたよ」と自慢げに話してくれたりして、岡山弁のなごりを感じるしゃべり方で、私にはとても懐かしい思い出を感じさせてくれていました。

 その方の娘さんの嫁ぎ先が鎌倉だったので、故郷の倉敷を離れ、鎌倉の娘さん家族と同居をはじめられたそうでした。

 若い時から無理をして、女手一つで娘さん達を育て、無理がたたり肩や腰を痛めていたそうです。そして鎌倉付近の整形外科、鍼灸院や指圧などに何軒も行きましたが、なかなか効果がなく、痛みが楽にならなかったそうで、岡山で父の治療院の後を継いでいる兄に連絡をして、中野にある私の治療院を訪ねてくれましたということでした。


 そんなお婆ちゃまから今年の3月の初めぐらいに急に電話が入り「先生、色々とお世話になりました。多分、体力的にも先生のところに行くことができないと思います。」とそんな話を一方的にして電話を切りました。
 私は「何となく変な感じだなexclamation&question」と思っていたところ、その後、1週間ぐらいしてそのお婆ちゃまの岡山の娘さんが上京され、鎌倉から治療に来られました。

 その娘さんに話をお聞きすると「母は白血病を宣告され、余命が少ないので病院の先生に家族を呼ばれ、鎌倉に来ました。しかし、母は元気そうで、逆に私の体調を心配して中野の國安先生のところに行ってきなさいと言われて治療に来ました」という話でした。

 それから3月の終わりぐらいにそのお婆ちゃまが治療に来られ「先生、元気になりました。二日後に再入院だから、その前に頑張って鎌倉から治療がてら先生の顔を見にました。」と言ってお見えになられました
わーい(嬉しい顔) 
それからは、いらっしゃいませんでしたが、このお盆休みに明けに1通の手紙が届いていました。その手紙は娘さんからの手紙で、母は5月末に亡くなりました。亡くなる日も自宅から病院に一人で行き、母らしく最期を迎えることができました。

 先生には家族ともども大変お世話になりました。また母は最期まで「岡山の大先生と息子さんにはお世話になって幸せでした」と伝えて下さいとのお手紙でした。

そんな手紙を読みながら、鎌倉のお婆ちゃまの笑顔と懐かしい岡山弁を思い出すと大変懐かしく思いますたらーっ(汗)
鎌倉のお婆ちゃまのご冥福を心よりお祈りいたします。(合掌)
 
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2012年06月16日

びわの思い出

 今年も千葉の富浦(館山の手前)から美味しいびわが届きました揺れるハート
館山のびわは有名です。
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 家内の叔父さんで漁師の元締めをしている方が、、毎年この時期に送ってきてくれますプレゼント
 びわは高級な食べ物で、このように虫に食べられないように一つ一つ丁寧に袋をかけて保護しています。
 今年のびわも大粒で大変甘くて美味しかったですわーい(嬉しい顔)
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 毎年、このびわが届くと子供たちに私が小学校の頃のある思い出話を何度かしました。
その話とは多分、小学校の高学年の頃だと思います。

 学校の塀の外にびわの木があり、この季節になると沢山のびわの実をつけますハートたち(複数ハート)
いつも美味しそうだなとexclamation思いながら気が付くとびわの実がなくなっています。そして悔しい思いをしながら何年か過ごしましたたらーっ(汗)

 そして5年生の時に友達と計画して、びわの実があるうちに食べようパンチと決断して、お昼休みでチャイムが鳴り、午後の授業が始まるときはすべて教室に入るのでその時がチャンスexclamation×2
 辺りを見回しながらびわの木を引っ張り、ガン食いグッド(上向き矢印)

 口の周りにはびわの果汁だらけ、そしてお腹がいっぱいになったので友達と一緒に教室に戻ろうとしたときに・・・一番怖い加藤先生が岡山弁で「お前らむかっ(怒り)なにしょんじゃ〜ちっ(怒った顔)(何しているんだ!)」と大きな声をかけられ・・・・その後は職員室に正座たらーっ(汗)

 職員室で正座しているとほかの先生が加藤先生に「どうしたのですが?この子達?」と聞かれると、加藤先生は「塀の向こうのびわを食べていたんだむかっ(怒り)」と自分らが犯罪者のように言われましたが、ほかの先生たちは「うっふそうですかexclamation&question」って感じでした。今思えば、他の先生にしてみればそんなこと大したことではないようなリアクションでした手(パー)きっと加藤先生もほかの先生もびわが大好物で、自分たちが毎年びわを食べられなかった悔しい気持ちがあったのでしょうわーい(嬉しい顔)

 そして、しこたま(思いっきり)怒られて授業に戻ると音楽に時間でした。その音楽の時間の課題は童謡の鑑賞でびわの懐かしい歌でした。

 音楽の授業中に怒られた三人でその童謡の替え歌をつくり、大受けでその後何度も三人で合唱していました
わーい(嬉しい顔)
 
 そんな思い出話と一緒にその歌を子供たちにその替え歌を教えると、かなり音程ははずれていますが、びわを見るたびに子供たちが楽しそうに歌っていまするんるん
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びわるんるんびわ〜黄色実だよ!塀の向こうで見つけたよ〜るんるん誰も知らないのに加藤(怖い先生)が見てたるんるん
 あまり有名な曲ではないので、原曲は忘れましたが、もし今後の人生でこの童話を聞くことがあったら超ウケるでしょうねわーい(嬉しい顔)

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2012年06月04日

兄の上京

 先日の土曜日に岡山から兄が上京しました飛行機
岡山の兄も京山鍼処整骨院を開業していて、祖父母のから父そして兄と岡山で三代目を継いでいます。
 兄は鍼灸師会の講習や学会、そして日本陸上連盟のトレーナ講習会と精力的に参加しています。今回は某大学の児童心理学の学士の取得のためのスクーリングで上京したそうです。
 
今回は土曜日の夕方に東高円寺の自宅に来ることになっていたので、夕食を軽くしてからいつもの川中屋に子供たちと一緒に川中屋に行くことにしましたビール
 この日は二十数年前からの付き合いがある瑠璃子が、兄貴の上京に合わせて遊びに来ることになっていました。
 兄と瑠璃子の再会も10年ぶりになるそうです。昔話に花が咲き、あっという間に時間が過ぎて行きました揺れるハート

 私も久しぶりに瑠璃子に会いましたが、いろんなことでストレスが溜まり疲れてやつれたように見受けられましたが、昔話をして少しストレスを解消したような表情になっていたので少し安心しました。
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 ひらめき人生明日はどうなるか誰にも分かりません。会いたい人には会えるときに積極的に会っていたいものですねexclamation×2

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2011年11月15日

どんぐり

 姫気と勇妃の手作り作品ぴかぴか(新しい)
夕食を食べている時に「パパ、見てみて!ブログに載せて!」と学校で作った作品を見せてくれました。

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姫気の作品の題名は“ドレッドのかぶりもの”何かよくわかりませんが、マイケルが家に遊びに来た時にあげるそうです。

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 勇妃の作品は“クリスマスに向けての飾り”どんぐりに絵を描いたものとまつぼっくりにコーティングを施した置きもののようです。

 
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 二人とも自分達でそれぞれ作って気にいっているようです。

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 私には“ふ〜ん”と思うものですが、一応感動したふりをしておきましたあせあせ(飛び散る汗)

 机の上にどんぐりが置いているのを見て昔の思い出が蘇ってきましたひらめき

その思いでは、幼稚園の頃の苦い思い出でした。
 当時、岡山で育った私はカトリック系の“清心ノートルダム女子付属幼稚園”というところに通っていました。毎日の通園はスクールバスの送迎がありました。

 ある日、幼稚園が終わり帰宅時のスクールバスを待っているときに、目の前にどんぐりを見つけました。そのどんぐりを拾い、バスを待ちながら鼻の中に入れて遊んでいました。

何度も鼻の中に入れては、鼻から息をふき出して遊んでいると、いつの間にかそのどんぐりが鼻の穴の奥に入り込み取れなくなってしまい焦っていましたあせあせ(飛び散る汗)


誰にも言えないので、そのままにしていて帰宅して長いピンセットが父の治療院にあったのを思い出してこっそり取り出そうと思いながら、その場は知らない顔をしてスクールバスを待っていました。

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 そのすべてを一部始終見ていた幼児が、シスターに「シスター、この人お鼻にどんぐり入れて取れなくなりました!」とチクられ、私はしまったexclamation×2と思って、怒られる怖さと恥ずかしさでいっぱいになりましたたらーっ(汗)

 その後、病院に連れて行かれるは親を呼びだされるは、シスターに「幼稚園はじまって以来です!鼻にどんぐりを入れて病院に行った子は・・・むかっ(怒り)

 次の日には「どんぐりコロコロどんぐりこるんるんお鼻にはまって、さ〜大変るんるん」と皆が歌を歌っていましたもうやだ〜(悲しい顔)

 そして、その年、どんぐりの生かわかりませんが、幼稚園の付属小学校には進学できなかった思い出が蘇り、机の上のどんぐりを見ていると無意識にどんぐりを鼻に入れていましたわーい(嬉しい顔)

そしてあの時、どんぐりさえ鼻に詰めていなければ、付属の小学校に通学できて、今よりは人生がよくなっていたかもと思うと残念で仕方がありません。

 そんなどんぐりの思い出ですが、やはりどんぐりは鼻に詰めたくなるものですよねexclamation&question

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posted by のりじ at 08:03| Comment(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月26日

パワースポット

先日、友人とパワースポットについて話をしていました。するとその友達の友人は思いつくとネット調べた場所や噂で聞いた関東近県のパワースポットに行き、エネルギーや波動を身体に取り入れてくるということでしたぴかぴか(新しい)
 私自身も心地の良いよう場所、波動の同調は実際に感じるので、トは存在すると思います。
 神社やお寺は、環境的にも緑が多く、落ち着いた雰囲気の中、線香などもの微かな臭いも混じり、精神的にもリラックスできる場所です。
早速、インターネットで中野、杉並で検索してみたら、中野では中野氷上神社、杉並では大宮八幡宮が何と★★★★四つ星で掲載されていました。
 現在の自宅は東高円寺で、氏神様は大宮八幡宮です。初詣、子供たちのお宮参り、七五三などのお参りは、いつも大宮八幡宮に参拝をしに行っています。
近いうちに、剣道の稽古の後にパワースポットの大宮八幡宮にエネルギーをもらいに行くがてら参拝してこようかと思っています。
■大宮八幡宮 ★★★★
■中野氷川神社 ★★★★
 今週末はGWが始まります。今回は父の13回忌の法要で岡山に帰郷する予定です飛行機
 今回は、少し時間に余裕があるので、その時に岡山でパワースポットを探しておいて、散歩がてらに出かけようと思っています。
吉備津神社★★★★★ ネット検索
岡山と言えば桃太郎伝説で 桃太郎のモデルとなった吉備津彦命をお祭りしている。 吉備津神社が国宝として有名です 。あの江原さんもパワースポットとしても とても良い気が受けられるとおっしゃっていました 。その桃太郎と鬼の伝説が色々とあって、戦いにまつわる話がいっぱいあります。吉備津と言えば桃太郎、桃太郎と言えば吉備津の吉備団子。image[6].jpg

この吉備津神社は、岡山の実家から車で15分ぐらい、兄の治療院からは10分ぐらいのところにあります。また、そこには母の実家があります。叔父叔母はもちろんのこと、兄夫婦も結婚式はこの吉備津神社で行われました。image[1].jpg
ひらめき子供の頃の思い出としては、一番下の叔母が運転免許を取得したばかりの頃、この吉備津神社の大きな駐車場で、当時小学生だった兄と私に軽四輪ではありますが、しかもミッションン車の運転を教わり、気が付くと小学なのに普通に車を運転していました車(セダン)あせあせ(飛び散る汗)
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 また、その頃、剣道大会がこの神社の境内で奉納試合として行われ、土の上で足袋を履いて試合をしたことを思い出しましたあせあせ(飛び散る汗)そして、試合に負けて、お昼の弁当のおにぎりが悔しくて、食べられなかったことや卵焼きが涙で、妙にしょっぱく感じたことなども思い出しましたたらーっ(汗)
こんな思い出であるパワースポットへ、お墓参りついでに子供たちと行ってこようかと思っています。
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posted by のりじ at 08:49| Comment(2) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月21日

子供の頃の思い出

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 治療院の前の梅の木も満開を過ぎ、花弁が散り始めていました。
治療院の窓からは、家や電柱、標識などが視界を妨になるので、お昼休みに時々、梅の下の行き眺めています目
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ひらめき梅の花を見ると子供の頃、茨木の偕楽園の梅の花を思い出します。
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 小学校の時、岡山の剣道道場の妍心館道場に通っていました。
この道場にも毎年イベントがありますが、その中でも三月末に行われる水戸の全国大会への出場が皆の1番の楽しみでした黒ハート

 この大会の選手になるためには、道場内の子供約50数人の中ので、低、高学年の2チームの出場が可能で、その中の10人選ばれなければいけません。その為には、日々の稽古に励まなくてはいけませんあせあせ(飛び散る汗)

 水戸の全国大会に出場できると、水戸での試合の帰りに東京の後楽園遊園地や銀ブラや浅草でお土産を買ったり天丼を食べたり楽しみが盛り沢山で、何より岡山から東京へ行ける新幹線ということは当時子供ながら大変楽しみでした。そのために1年間頑張っていたようなものですあせあせ(飛び散る汗)

私は、小学校4・5・6の三年間、全国大会に選手として選ばれ水戸に行きました。
 水戸では、偕楽園で梅の満開を見に行くことが恒例でした。その時の寒さと綺麗な梅に感動し、いまだに印象が強く残っていますひらめき
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 小学校6年生の最後の試合になる水戸全国大会の時は、岡山県内ではわりと強く、よい成績をも残していました我々のチームも水戸の大会では毎年成績がよくなかったので、通常は大将を務めていた自分が、雰囲気作りの為、最初で最後の先鋒を任され、この年、我々のチームは4回戦で敗退した、悔しい思い出が蘇ってきましたふらふら

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 現在、子供たちが佼成武徳会の剣道の道場に通っていますが、あと何年かして、もしかして水戸の大会に行くことがあれば同行して、水戸の偕楽園の梅を見に行きたいというささやかな楽しみを持っていますわーい(嬉しい顔)

 今から考えるとあれから三十数年の月日が流れて、時間の過ぎ行く速さに驚かされる梅花の思い出でしたぴかぴか(新しい)

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posted by のりじ at 09:41| Comment(4) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする